辺りは薄暗かった。
しかしネオンサインのようにじんわりと淡く、藤紫色に光るものが遠くに見える。幾何学模様の長方形で……「門」であるかのように、あなたには見えた。
門の中央には巨大な鍵穴があり、そこには青いウォード錠に似た鍵が挿し込まれている。
がちゃり。
音を立て鍵が回る。その扉は施錠されてしまったようだ。
──どうしてこんなところにいるのだろう。
疑問を抱きながらも、あなたは不可思議な光景に恐れ、また同時に興味を抱く。禍々しい生物のイラストを見た時に、目を背けるよりも観察してしまいたくなるあの感覚に近かった。
「やあ」
誰かの声がして、あなたは周囲を見渡す。
……どこにも人影はない。まるであなたを囲むようにして、無数の門と、それから鍵が並んでいるだけだ。
「こっちだよ」
右方で声がした。そちらへ顔を向ける──がやはり誰もいない。
そのまま正面へ顔を戻し………何の気なしに左へと目をやって、『それ』と目があった。
「はじめまして」
無機質な顔。あるいは面。
無機質な体。あるいはスーツ。
おおよそヒト型のそれは、生物的な柔軟さでしゃがみ込み、あなたの顔を覗き込んでいる。
非常に大きい……ように見えたものの、実際にはアストロノーツのような、神官のような、よくわからない派手な装飾の衣装のせいでそう見えるだけで、実体は些か「子供っぽい」ように見えた。
「キミ、いきなり現れたから。驚いた」
無機の顔でカラカラと「笑う」と、それはあなたに手を差し出す。
「はじめまして。ボクの名前はペンダット。今日から君だけのパートナーだ。よろしく」
【ネゴシエートの偽衒学者】
序章
あなたは拒否権なく彼──もしかすると「彼女」かもしれないが──の手を握らされたと思うだろう。しかしそれは認識の齟齬。あなたはあなたの意思でペンダットの手を取った。
陳列されていた彼を購入したのはあなたの意思なのだから。
「ボクが何者かはいつか分かる。それより大切なのは、その手の中の。ほら」
彼の手を握っていたはずのあなたの手には、見覚えのある紙の束が代わりに握られていた。
青い背景に光の玉。龍を背にする赤い英字のロゴ。それはあなたがかつて遊んでいた──あるいは今もそうしている──「デュエル・マスターズ」というカードゲームの、カードの束だ。
あなたが最初に握っていたのはペンダットの手ではなく、このカードの束だったということになる。尤もその行為は「彼の手を取る」ことと同義なのだが。
眼の前の超常など忘れ、あなたはいつもそうするように、そうしていたように、手元のカードに目を通しはじめる。見慣れたかつての戦友もいれば、見たこともないようなものもある。めくるたびになるカサカサという紙の擦れる音と手の中の感触。微かに残っているあなたの少年の心は、既にその紙の束に惹かれはじめていた。
………これは?
あなたはペンダットに問う。あなたにとっても、既にペンダットが何者かなどどうでも良いことだった。
「デッキだよ」
手の中の束の分厚さに、あなたは訝しむ。
あなたの知っているデュエル・マスターズは、プレイヤーたちが選りすぐりの知識の束で戦うカードゲームだ。デッキ枚数は40枚。ルールでそう決められている。世界の法則に等しい、当たりた前のこと。
それに、デッキであるとすれば中身の枚数配分も奇妙だ。精鋭を選びぬく以上、強力なカードは複数枚デッキに入れ、引き込める確率を上げるのが定石。先程目を通したこの「デッキ」は、全てのカードが1枚ずつしか入っていない。
このデッキは法則もセオリーも無視している。唯一の統一感はカードたちの色、つまりは文明のみ。光の黄色、水の青色、闇の黒色。真っ白な無色のものも混ざっているが、基本的にその3色で構築されている。
「『パーティー用』のデッキなんだ」
あなたの心を読んだかのように、ペンダットは言う。
「かつてとある誰かがつくった、みんなが楽しむための世界があった。クリーチャーたちの世界でもないし、キミたちの暮らす世界でもない。ただ純粋に『遊ぶこと』を目的とする第3の世界だ。しかしどうしてか、最近になってその世界とクリーチャー世界がかなり接近しはじめている」
──何を言っているのか分からない、というあなたの顔を見て、ペンダットは肩を竦める。
「まあいいさ。ともかくキミの手にあるデッキはね、その第3の世界で開かれるパーティー用のものなんだ。つまり、おもちゃさ。遊ぶための」
それとなく手元でカードの枚数を数える。デッキの枚数は59枚ちょうどだった。
「あー、どこまでロックしたんだったかなぁ」
何の話か、あなたがそう尋ねる前に、ふたりの前に眩い黄色の光を放つ円形の門が現れた。門の先に何があるのか、あまりの輝きに目視することはできない。
「さ、行こう。今日のテーマは、戦いによる相互理解なんだってさ」
あなたはペンダットに腕を掴まれ、導かれるままに門をくぐり抜けた───。
第1章 サファイア・ペンダット
箱を開けると最初に目が合う。
あなたのことをじっと見ている。
「見えているよ」とでも言いたげに。
コレがあなたのパートナー《サファイア・ペンダット》。超獣世界で『嘘』を司る、一般のクリーチャーたちと一線を画す、いわば上位存在の1体だ。
………ペンダットを見たときの他プレイヤーの反応を見ればすぐに分かるが、彼はあまり好まれる性格の持ち主ではない。はっきり言って敵を作るタイプの厄介な存在だ。
■ブロッカー
■スレイヤー
■W・ブレイカー
■相手がこのクリーチャーを選んだ時、相手は自身の手札を1枚捨てる。
性格の悪さがそのままテキストになっている。「できれば触れたくないし、選びたくもない」。それがサファイア・ペンダット。
■各ターン、クリーチャーがはじめて自分以外のプレイヤーを攻撃する時、自分の山札の上から1枚目をシールド化してもよい。その後、攻撃クリーチャーの持ち主はカードを1枚引いてもよい。
ネゴシエートの偽衒学者……そう豪語するだけあり、交渉の手腕は凄まじい。一見してノンゼロサムな提案を持ちかけているようにも見えるものの、その実は本人が最も得をするよう事を運ぶ。
誰かを悪者にしてしまうのは彼のよく取る手法だ。「あのパートナーが出るとみんな負けてしまうぞ、3人で協力してヤツを倒そう!」だとか。
そうやって少しずつ自分と、自分の協力者に利益が発生していく。シールドと手札として、あなたや他のプレイヤーも可視化できる形で。
だが。
■自分のシールドゾーンにある呪文すべてに「S・トリガー」を与える。
……ペンダットは「奇跡」を必然にできる、らしい。本人が言うので間違いないのだろうが、彼は嘘を司るので、それが真実であるのかは疑問符がつく。ともかく、彼の力で増えたシールドはそのまま彼の力で強力な逆転の種となる。その種を恐れて他プレイヤーの攻撃の手は他へ向いてしまい、他へ向けばまたシールドが増え──その繰り返し。
即ち彼をパートナーとする強みは『防御力』。彼自身があなたを攻撃から守ってくれるのみならず、盾を生み出し、呪文による反撃すら可能にする。
弱みは『性格の悪さ』。対戦相手から見れば生かしておく意味などまずなく、あなたが準備を整えるより早い段階で攻撃の的とされる可能性は十二分にある。この弱みを補うのは……「あなた」自身の交渉術、そしてデッキの構築力ということになる。
第2章 明確な勝ち筋
ペンダットの防御力はあなたも知るところとなった。ではどうやって勝つのか。
龍幻郷のドラゴンたちのように、運次第で次々と攻撃手段を用意できるわけではないし。騎士団のように、スロースターターながらも巨大なクリーチャーを連打できるわけでもなく。アカシックたちのように序盤から着々と攻め手を用意できるわけでもない。
ただ順当に手札を増やし、シールドを増やし、相手クリーチャーを除去して時間を稼ぐ。ある意味では堅実。そしてその勝ち方すら。
──性格が悪い。
攻撃することのリスクを最も知っているペンダットは確実に、着実に、防御を固め生き残り、他プレイヤーを「山札切れ」で退場させる。
攻めすら不要なのだ。
つまり『ネゴシエートの偽衒学者』というデッキは、それだけで既に“完成”している。ペンダットというパートナーと、それに即したテッキコンセプト、それに見合うカードの採用。お手本のような構築だ。特に思うところが無いならば、デッキに手を加える必要はない。
あなたが手に取ったこのデッキは、見た目以上に凄まじいポテンシャルを持っている。
第3章 足りないものはないけれど
それでも敢えて、というならば。
私からいくつか紹介という形で新たに加えるカードを提案しよう。
①蓄明呪文「マブシコワ・チャージャー」
他プレイヤーの山札を減らしながら、3→5とペンダットの着地を早めるカード。デッキのコンセプトすべてに合致しているため、持っていれば入れてみるのをオススメする。
②♪なぜ離れ どこへ行くのか 君は今
《エナジー・ライト》同等のドロー呪文として機能しながら、自分も含めたプレイヤーの墓地リセットが可能となる。選択肢として。
➂「合体」の頂 アクア・TITAAANS / 「必殺!ジェット・カスケード・アタック!!」
最大で4枚ドローできる呪文。《エナジー・Reライト》と入れ替えることを強く推奨する。
④インパクト・アブソーバー
全てのクリーチャーがシールドを1枚しかブレイクできなくなるエレメント。除去されにくく無理やり長期戦に持ち込めるため、このデッキと極めて相性が良い。10年近く再録されておらず手に入れ難い。
⑤ホワイト・スワン
各プレイヤーにシールドの追加を強要するクリーチャー。もっと早期に山札切れでの決着を望むなら、採用しても良いだろう。
終章
あなたがペンダット──というより『ネゴシエートの偽衒学者』という商品を手に取った理由は、もしかすると「強いカードがたくさん入っていたから」かもしれない。
実際、2024年3月から環境に顔を出し始めた、いわゆる【逆アポロ】というデッキは、「守りを固め相手の山札切れを狙う」というデッキコンセプトがこの構築済みデッキと同一であり、採用されているカードもかなり重複している。
そうでなくとも優秀なカードが複数再録されたことで、単純にパーツ取りとして利用する人も多いだろう。
……だがここで改めて述べさせてもらうが、この『ネゴシエートの偽衒学者』という商品もといデッキは、手を加える必要はないほどデュエパーティーのデッキとして高い完成度を誇っている。
デュエパーティーをはじめるにあたって、これほどまでに手に取りやすいデッキはない。
今一度、デュエル・マスターズの新しい遊び方に興じていただきたい。
それでは、また。